読書感想『いのちの停車場』在宅医療や家族の死について考えさせられる

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南 杏子さん著の小説『いのちの停車場』を読みました。

訪問診療医と患者とその家族のお話です。作者の南 杏子さんが医師なので、現実味があり、没入しやすかったです。

患者は死期が近かったり重い病気だったりで、それに向き合う家族のつらさや成長に、涙してしまう物語でした。

在宅医療や家族の死について考えさせられる本です。おすすめです。

※この記事には少しネタバレが含まれます。

目次

小説「いのちの停車場」のあらすじ

医療画像

主人公は62歳の医師の白石 咲和子(さわこ)。

東京の救命救急センターで働いていましたが、あることをきっかけに故郷の金沢にある「まほろば診療所」の訪問診療医になります。

訪問診療医になった咲和子と、診療所と、6人の在宅医療患者のお話が各章ごとに展開します。

第一章 スケッチブックの道標

パーキンソン病で、病状が悪化したため介護が必要な86歳の女性の患者、並木シズ。

介護は夫の並木 徳三郎が自宅でしており、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」の家庭

徳三郎は医療や介護に関して倹約主義のため、シズに適切な処置ができない。

第二章 フォワードの挑戦

四肢麻痺状態の40歳の男性の患者で、IT企業の社長の江ノ原 一誠(いっせい)。

ラグビーの試合中にタックルが首に当たって脊髄を損傷したことで、麻痺状態になったばかり。

江ノ原は入院ではなく在宅医療をしながら最先端の医療を希望

第三章 ゴミ屋敷のオアシス

高血圧、糖尿病、認知症を患っている78歳の女性の患者、大槻 千代。

患者本人は訪問診療を拒否しており、家はゴミ屋敷になっていて危険な状態

一人娘の小崎 尚子(こさき なおこ)は隣町で定食屋を夫婦で経営しており忙しく、母の千代の面倒をあまり見られない。

第四章 プラレールの日々

末期進行癌の高級官僚の57歳の患者、宮嶋 一義(みやじま かずよし)。

大学病院で治療を受けるも膵臓癌治療の効果が見込めず、地元での終末期医療に切り替える。

妻の宮嶋 友里恵が自宅で介護をするが、日々弱っていく夫の介護で心を病んでいく

第五章 人魚の願い

特殊な腎腫瘍で肝臓や肺への転移もある、末期状態の6歳の少女の患者、若林 萌。

生存率は0%とされ、残された時間を自宅での緩和治療にすることになった。

両親の若林 健太と若林 裕子は近づく子の死を受け入れられない。

第六章 父の決心

主人公 白石 咲和子の父、87歳(第六章では88歳)。元神経内科医、白石 達郎。

転倒による骨折をきっかけに、肺炎、脳梗塞、脳卒中後疼痛と悪化していく。

自分が助からない病状を理解し、耐え難い痛みから、積極的安楽死をしたいと咲和子に言う。

特に心に残ったところ

千里浜

看取りについては初心者

第一章の老々介護の並木家では、徳三郎が家で一人で妻の死を見守る可能性が高い状態でした。

妻の死に覚悟していたように見えた徳三郎でしたが、妻の体調の変化に動揺し、強い不安と恐怖を感じたようです。

これに対し、咲和子は徳三郎に「死のレクチャー」を行います。

つまり、亡くなる前に起こる一般的な変化の説明を丁寧に行いました。

「か、が、く、こきゅう、下顎呼吸です。亡くなられる八時間くらい前から生じ、死の前兆にあたる呼吸です。脳の酸素不足から起こる状態で、一見、ハアハアと苦しそうにも見えますが、患者さん自身は苦痛を感じていません」

いのちの停車場

この他にも、食事が減ること、眠る時間が長くなること、せん妄が起こることなどを具体的に話しました。

私は家族の死を一人で看取ったことはないです。

この本を読むまで、死の前に起こる兆候を知りませんでした。もし自分も人の死の前の状態に直面したらどうして良いかわからず、動揺したと思います。

死までのプロセスを理解することで、怖さや悲しさはなくなりはしないけど、少しだけ余裕が出て、家族との最後の時間が良いものになると思いました。

介護者にも休養は必要

第四章の宮嶋家では、末期進行癌の宮嶋 一義は少しずつ衰弱し、妻の友里恵の作った料理を残すようになります。

痩せていく夫が自分の料理を食べず、悲しさや、自分の無力感などで、友里恵の心は疲れていきます。

これに対し、まほろば診療所はレスパイト・ケアを提案します。

レスパイト・ケアとは患者と家族の共倒れを防ぐのが目的で、「休息介護」「介護者の休息」などと訳されるそうです。

私の周りにも介護疲れで病んでしまう人がいました。

介護者には大きな負担がかかります。一人で抱え込まず、時々休息が必要だと思います。

小説ではレスパイト・ケアとして、友里恵は旅館へ二泊三日の宿泊をして回復しました。

時には介護者も介護から離れて休息するのが、患者にとっても介護者にとっても、良いと思いました。

こんなの泣いてしまう

どの章も泣いてしまうのだけど、やはり第五章の萌ちゃんが6歳にして末期状態というのはつらい。

萌ちゃんの両親もどうして自分たちの子がこんな目に合うのか、病院は他の治療をどうして行ってくれないのか、親のどちらかに原因があるのではないか、と何かを責めがち。

だけれど、萌ちゃんは、自分の運命を悟り、海に行きたいと言います。

「萌ね、癌になっちゃってごめんね」

「癌の子でごめんね」

「萌ね、人魚になっても、パパとママの子になりたい」

いのちの停車場

こんなの子どもに言われたら、泣いてしまう。

しかし、海で特別な一日を過ごせたことで、家族は生きることに前向きになれました。

生きるとは何なのか、家族の死を迎えるとは何なのか、考えさせられました。

積極的安楽死を望む父にどうすべきか

安楽死には消極的安楽死と積極的安楽死があります。

消極的安楽死:延命治療の停止により自然な死を迎えること
積極的安楽死:医師などが致死量の薬を投与して死期を早めること、日本では殺人あるいは自殺幇助になる

元医師である父の白石 達郎は、医師である娘の咲和子に積極的安楽死を頼みます

父の達郎は元医師なので、自分の病状が死ぬまでずっと痛みを伴う苦しい時間であることを理解しています。

そして、さすがは元医師、安楽死のための自分への薬の量や投与方法を詳しく書いた手帳を咲和子に渡します。

咲和子は娘として父に生きてほしいし、積極的安楽死は犯罪で医師としてやってはいけないこと。しかし、父の苦しみを取ってあげられるのも自分だけ。咲和子は葛藤します。

私も自分がもう死ぬしかなくて、死ぬまでの毎日が激痛を伴う苦しい日々だとしたら、積極的安楽死を希望したくなると思います。

そして、患者が自分の死を覚悟することと、家族が患者の死を決断することはまた別。残された家族はこれからも生きていくのです。

あなただったら、家族が積極的安楽死をしたいと言ったら、どうしますか?

咲和子がどのような決断をしたかは、是非小説を読んでみてほしいと思います。

映画化もされています

吉永小百合さんが主演で映画化もされており、2021年5月に公開されました。

キャスト

  • 白石 咲和子:吉永 小百合
  • 野呂 聖二:松坂 桃李
  • 星野 麻世:広瀬 すず
  • 仙川 徹:西田 敏行
  • 柳瀬 尚也:みなみ らんぼう
  • 寺田 智恵子:小池 栄子
  • 並木 徳三郎:泉谷 しげる
  • 並木シズ:松金 よね子
  • 江ノ原 一誠:伊勢谷 友介
  • 中川 朋子:石田 ゆり子
  • 宮嶋 一義:柳葉 敏郎
  • 宮嶋 友里恵:森口 瑤子
  • 若林 祐子:南野 陽子
  • 若林 萌:佐々木 みゆ
  • 白石 達郎:田中 泯

映画に登場する人物「寺田 智恵子」と「中川 朋子」は小説にはいなかったので、映画のオリジナル要素もあるようです。

また、公式サイトのストーリーページに記載がありませんでしたが、原作にあった「江ノ原 一誠」のエピソードも映画には含まれています。

記載がないのは、「江ノ原 一誠」を演じる伊勢谷 友介さんが映画公開前の2020年9月に大麻取締法違反容疑で逮捕されたためのようです。

「映画は元来、作品を鑑賞しようという意志を持ったお客さまに映画館にお越しいただいて、有料でご覧いただくクローズドなコンテンツ。テレビ、CMとは質の異なるものであると思っております。作品と個人は別のものであるという東映の見解により、今回は作品を守るという判断をいたしました。どうぞ皆さま、ご理解ご了承いただければ」

伊勢谷友介容疑者『いのちの停車場』出演シーンはカットせず公開(シネマトゥデイ)

なお、映画「いのちの停車場」は、Amazon Prime Video、hulu、U-NEXTで視聴可能です。

在宅医療や家族の死について考えさせられる

どのエピソードでも、患者だけではなく、患者の家族の話が書かれています。

患者と患者の家族が、病気や死とどのように向き合うか、どのような問題が起きているのか、生きるとは何なのか、それぞれが家族を大切に思いながら自分なりに乗り越えていくストーリーに感動です。

人間は誰でも、いのちに終わりがきます。

この本を読むと、いつか自分にも起こり得る家族の介護や死、自分が患者になった時のことなどを、考えるきっかけになると思います。

ただ、読書中に泣いてしまう可能性が高いので、読む場所には気を付けてください。

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